「このっ、馬鹿者共が!!!」
城に戻って第一声。それはそれは大きな雷が落ちた。
仁王立ちする壮年の騎士を前に、リュールとクロウは正座をしたまま頭を垂れている。
あの後、城に帰ってきた三人を迎えたのは、鬼の形相をしたこの男――総指揮官シウバであった。アースウォリアにある7つの軍を一つにまとめあげ、兵、民より絶大な信頼を誇る彼は、彫りの深い顔に厳格な表情をたたえている。
「お前たちは、今がどういう状況かわかっているのか」
二人の少年を鋭く見下ろし、シウバは低く尋ねた。
リュールとクロウは、一度顔を見合わせ、まぁ、と小さく返事をする。
「わかっているならもう少し慎重に動かぬか。魔王軍に襲われて、王女に何かあったらどうするつもりだ」
軍事大国アルラード滅亡の知らせが届いたのは、今からちょうど一週間前のことだ。
30年成りを潜めていた魔族達が、突如姿を現し、たった一晩で鉄壁の要塞を沈めたのだと、困憊した表情でその者は語った。
アズウィルのみならず、あのアルラードをも陥落させたという事実は、即座に各国へと駆け巡り、起点となったアースウォリアも、今現在、侵略に備え厳戒態勢を敷いているところだった。
そんな緊迫した状況下で、王位継承者たる王女を連れ出したのだ。大騒ぎもいいところである。
「戦になれば、一人の勝手な行動が国を滅ぼすこともある。誰かを殺すこともある。お前たちにその責任を負えるのか」
二人は沈黙した。言っていることは理解できるのだが、いまいち実感がわかない。
困惑した表情を浮かべる二人を神妙に見つめ、シウバは息を吐き下ろす。そして、彼らに目線を合わせるように屈むと、
「重さを知れ」
と、静かな声音で告げ、肩を叩いた。それが、終わりの合図だった。
彼は、もう一度二人を交互に確認すると、傍らで見守っていたレイアに一礼をして去っていく。
銀色の靴音が遠のき、やがて聞こえなくなると、ようやくリュールとクロウは、はぁぁ、と盛大なため息をついた。
「雷どころじゃなかった……」
天気予報を見誤ったとボヤくリュールに、
「俺の足は限界を迎えました」
と、足の痺れを訴えるクロウ。そして、
「ごめんなさい、二人とも」
と心底申し訳なさそうに謝るレイア。
抜け出した日はいつもこんな感じである。見慣れた光景に三人顔を見合わせて笑い、立ち上がるが、
「いってえええええ!!!」
足の痺れはまだ引いてくれそうになかった。
アースウォリア第五軍団長ジェラルド=シャーフェイは、頭を悩ませていた。
寸前の問題といえば、魔王軍の侵略なのだが、彼には目下、別の悩みがある。
「お〜ま〜え〜ら〜」
その悩みの種を、眠たげに垂れた目で睨みつけ、彼は顔をひくつかせた。
「あのな、これ何回目だ?」
顎の無精髭を右手で撫で、目の前で座する少年たちに問う。すると、彼らは一度顔を見合わせてから、手で15と答えた。
「半年で15って、俺も忘れてたわ。月2回以上のペースだぞ、このアホども」
彼はこの少年達にとって、所謂直属の上司にあたる。半年前、総指揮官であるシウバに頼み込まれ、不運にもこの二人のお目付け役に任命されたのだった。
「リュール、今の現状言ってみろ」
問われ、若草色の髪の少年――リュールが顔を上げた。一瞬思案に表情をくぐらせ、これだ、と言わんばかりに、
「ルド兄に説教されてます」
と答える。
瞬間、反射的にジェラルドは彼の頭を叩いた。
「暴力反対〜」
頭を抑えながら、半分涙目に訴える少年を無視し、今度は赤髪の少年に向き直す。
「同じこと言ったら吊るす」
「魔王軍が侵攻を始めてて、いま厳戒態勢中……です」
額に青筋を浮かべ告げる上官に、さすがのクロウも冗談は諦めたらしく、至極真面目な表情で返した。
ジェラルドは、お世辞にも整ったとは言いがたい灰色の髪を自分でぐしゃぐしゃと押さえながら、静かに嘆息する。
「いや、わかるんだぜ?お前らが姫さん連れ出してやりてぇのはさ。最近は特に忙しいからな、息も詰まるだろ」
国の一軍を預かる団長ともなれば、それ相応に王族との関係も深まる。とりわけ彼は、その信頼から、王女であるレイアの警護にあたることも多く、彼女の現状を正確に把握している数少ない一人でもあった。
「でもな、それで結果危険に晒したらなんの意味もねーぞ。平時ならともかく、今はダメだ。危なすぎる」
そんなジェラルドに言われると、さすがの二人も返す言葉がない。
彼らの後ろでは、すでに午後の訓練が開始され、ベテラン騎士達の怒号が響きわたっている。
しばしの沈黙の後、ジェラルドは盛大なため息をつくと、神妙な顔をした少年達の頭にビシッと手刀を食らわす。
「ったく、毎度毎度やらかしやがって。少しはこっちの身にもなれってんだ」
呆れ顔で笑ってみせる団長に、少しホッとしたのか、リュールとクロウは、思い切り息を吐き下ろし、姿勢を崩した。
既に足の感覚はない。
「もう正座はこりごりだぁ!」
と、クロウが足を投げ出して大の字になると、リュールは小さく呻いてうつ伏せに倒れる。
「鬼の所業……」
解放されたのをいい事に、やりたい放題言いたい放題である。
その様に、顔を再びひきつらせながら、
「だからお前らを俺の軍に入れたくなかったんだよ……」
とジェラルドはボヤいた。
アースウォリアの騎士団は、入団後、それぞれ適性の騎士団に配属される。
能力的な部分で言えば、リュールとクロウは、別の騎士団であったはずなのだが、当時すでに問題児扱いされていた為、彼らを受け入れたがる指揮官がいなかった。その結果、昔から兄貴分として二人の面倒を見ていたジェラルドは、半ば強制的にこの問題児たちを引き受けるハメになったのだ。
騎士団にへの入団をきっかけに落ち着くのでは、という希望もあったが、そんな簡単に変わるはずもなく、彼はこうして定期的に頭を抱えることとなるのである。
「……いくらおやっさんの頼みだからって、引き受けるんじゃなかった」
そんな苦労も露知らず、問題児の二人は、目の前でノビノビと寝っ転がっている。
そして、ジェラルドは、盛大に項垂れると、
「めっちゃ貧乏クジ引かされた気がする」
今日一番大きなため息をついた。
すると、いつの間にか左右の脇を固めるように立っていた二人の少年が、かっと目を見開いた。
「こんな将来有望な騎士が入ってきたのになんてことを」
「自分で言うか」
「今の苦労が将来に繋がるんすよ」
「おう、訓練真面目に受けてから言えや」
謎の自信に満ち溢れた言葉をバッサリと切り捨て、訓練に戻ろうと身を翻すと、少年達は不満気に口を尖らせ、ぐっと拳を握りしめた。
「そんな怒ってばっかりだとモテないぜ、ルド兄」
背後からかけられた言葉に、ジェラルドは、ピタリと動きを止めた。そして、徐ろに踵を返すと、
「ははは、そうかもなぁ、そうかもなぁ……そうだろうなぁ」
何度も同じことを繰り返しながら――しかし、最後の方は半ば感情を押し殺すように、彼は静かに二人の頭を掴んだ。
「そうかそうか、俺は優しいからな、訓練が足りないなら、特別に直接稽古をつけてやろう。うん、俺は優しいからな」
と、かつてないほど満面の笑みを浮かべ、引きずるように少年達を連れて外へと向かっていった。
アースウォリア第五軍団長ジェラルド=シャーフェイ。
彼は、昨日、連続失恋記録を更新したばかりである。
闇に謳えば
第一章
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